東京地方裁判所 昭和50年(行ウ)78号 判決 1978年10月31日
原告
金甫昌
外四名
右原告ら訴訟代理人
佐々木秀典
外二名
被告
法務大臣
瀬戸山三男
外一名
右被告ら指定代理人
島尻寛光
外五名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実《省略》
理由
一請求原因1のうち、原告金甫昌の実母が某千恵子であり、入国の目的が同女を探すためであつたこと、原告文智順の実母が某女であつて金愛郷でないことを除くその余の事実及び同2の事実は、当事者間に争いがない。
二そこで、原告らに対する各裁決及び各退令処分の適否について判断する。
(原告金甫昌、同文智順、同金美良、同金勇秀に対する各裁決及び各退令処分について)
<中略>
(二) そこで、本件各裁決に際し在留特別許可を与えなかつた被告大臣の判断の適否について検討する。
<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。
原告金甫昌は、戸籍の記載によると、昭和一五年九月一二日韓国済州道において父金斗石、母任守玉の長男として出生したものであり、幼児期の数年を父とともに日本で生活した後、昭和一九年韓国に帰国し、学資がないため中学校を二年で中途退学して、洋服の仕立等の仕事に従事し成人に達した。昭和四〇年五月兵役を終え、しばらく既製服の仕立業をしていた父の手伝いをして家計を助けていたが、一家の生活は苦しく、そのころ、父から実の母は日本人某千恵子であつて、同原告は日本で出生したものであると聞かされ、日本に行つて生活するよう勧められたため、昭和四一年一月本邦に不法入国し、都内の縫製所に紳士服の裁断工として住込み稼働していた。その間、原告文智順と知り合い、昭和四六年二月結婚し(婚姻届出は昭和四七年三月二日)、結婚後は都内のアパートに居を構え、洋服等の縫製の下請けをして生計を維持していた。
また、原告文智順は、戸籍の記載によると、昭和二〇年五月二二日韓国済州道において父文明祐、母金愛郷の子として出生したが、生活が苦しかつたので、中学校卒業後、昭和三六年八月日本に住む叔母金良洙を頼つて本邦に不法入国した。入国後は、都内の右金良洙方に寄宿して鞄製造の手伝いや家事手伝いなどをしていたが、原告金甫昌と知り合い結婚するに至つた。
右原告両名は、昭和四六年一一月一五日長女原告金美良が出生したことから、子供の将来を考え、また、密入国者としての不安な生活に耐えられなくなつたこともあつて、翌昭和四七年一〇月二五日ごろ東京入国管理事務所に出頭して、右原告三名の不法入国又は不法残留の事実を申告した結果、同原告ら及びその後に出生した原告金勇秀(長男、昭和四八年一月一日生)、同金美幸(二女、昭和五〇年三月二四日生)に対して本件の退去強制手続が行われることとなつた。
昭和五〇年五月、原告金甫昌に対する仮放免許可が取り消され、また、同文智順らに対する仮放免期間の延長が認められなかつたため、身柄を収容されたが、そのころから、原告金甫昌は自律神経失調症、胃炎に罹り、同文智順はしびれ感、胃痛等を訴えるに至り、また原告金美良、同金勇秀、同金美幸も昭和五一年一一月以降急性喘息様咽頭気管支炎によりしばしば通院加療している。
以上のとおり認められ<る>。なお、原告金甫昌が密入国した目的が実母である某千恵子を探すことにあつたものとは認め難いことは、前判示のとおりである。
右認定した事実によると、原告らは、本件送還によつて、これまで築いてきた日本における生活の基盤を失うこととなるのではあるが、原告金甫昌は二六才まで、同文智順は一六才まで韓国で生活していたものであり、いずれも十分な生活能力を有する年令に達していること、原告金甫昌は洋服縫製の技能を有し、かつて韓国においてもその仕事に従事した経験があることなどを考えると、送還後、韓国において普通の社会生活を営んでいくことは十分可能であるということができる。また、原告金美良、金勇秀及び同金美幸はいずれも未だ幼く、父母の養育下にあるものであるから、父母とともに生活することが最も望ましいことはいうまでもない。もつとも、原告らが現在健康を害していることは前記のとおりであるが、韓国においても治療を受けることが可能であるし、通常の社会生活を営むうえに大きな支障となるほどのものとは認められない。これらの諸点を考慮すると、本件において原告らの在留を認めることなくその退去を強制することが、著しく苛酷であつて正義あるいは人道に反するということはできず、このことは、仮に原告らが主張するような原告金甫昌が日本人を母とし日本で出生したものであるとしても同様である。
また、原告らは、韓国・朝鮮からの不法入国者に対しては原則として在留特別許可を与えるという行政先例法又は確固たる行政慣行が存在する旨主張するが、令五〇条に基づき外国人在留特別許可を与えるかどうかは、被告大臣の広汎な裁量に委ねられており(最高裁昭和三四年(オ)第三二号同年一一月一〇日第三小法廷判決・民集一三巻一二号一四九三頁参照)、その許否は、単に当該外国人の個人的主観的事情のみならず、わが国における社会、経済事情、国際情勢、外交政策等をも考慮して決定されるべき性質のものであることを考えると、従前の在留特別許可の付与状況が原告ら主張のとおりであるとしても、そのことによつて直ちに、不法入国してきた韓国・朝鮮人に対しては原則として在留特別許可を与える取扱いであるとは解することができず、原告らの主張するような内容の行政先例法又は行政慣行の存在を認めるには足りない。
そうすると、原告金甫昌、同文智順、同金勇秀、同金美良に対する本件各裁決に際し、被告大臣が同原告らに対して在留特別許可を与えなかつたことにつき裁量権の濫用あるいは裁量権の範囲の逸脱があつたとはいえないから、右濫用等のあることを前提として右各裁決及び本件各退令処分が無効であるとする原告らの主張は失当といわなければならない。
3 次に、原告らは、退令処分後、仮放免の期間が二年にも及び、その間原告金美幸が出生するなど環境に大きな変化があつたから、右処分は既に失効したものである旨主張する。しかしながら、退令処分がされた後に生じた右の程度の事情によつて、先にされた退令処分が事後的にその効力を失うと解すべき根拠はない。
4 以上のとおりであるから、上記原告らに対する本件各裁決及び各退令処分が無効であるとの主張はすべて失当であり、その無効確認を求める同原告らの本件各請求はいずれも理由がない。
(原告金美幸に対する裁決及び退令処分について)
1 既にみたとおり、原告金美幸を除くその余の原告らに対する各裁決及び各退令処分は無効でないのであるから、その無効を前提として原告金美幸に対する裁決及び退令処分の違法をいう同原告の主張は理由がない。
2 また、幼令の同原告にとつて、父母とともに生活することが望ましいことはいうまでもないのであつて、父母に対し既に有効な退令処分がされている以上、被告大臣が同原告に対しても在留特別許可を与えなかつたことに裁量権の濫用あるいは裁量権の範囲の逸脱があつたとはいえず、その裁決及び退令処分には何ら違法はない。
3 したがつて、右裁決及び退令処分の取消しを求める原告金美幸の請求も理由がない。
三よつて、原告らの本訴各請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(佐藤繁 中根勝士 佐藤久夫)